2010年04月08日

愛媛県新居浜市・別子銅山 人気上昇「東洋のマチュピチュ」(産経新聞)

 要塞(ようさい)にも古代の建造物にも見える巨大な石積。朝の日差しを受けた花崗(かこう)岩が鈍く輝くと、さらに重厚さを増していった。

  [フォト]「東洋のマチュピチュ」と称される愛媛県新居浜市・別子銅山

 愛媛県新居浜市に今も残る、別子(べっし)銅山の産業遺産群。市内に点在する銅山では、1690年から1973年までの長きにわたり、銅の採掘が行われていた。大正以降、銅山全体を統括する本部が置かれたのが、東平(とうなる)地区だった。

 巨大な石積は、地底深くから掘り出された銅石を入れる「貯鉱庫」跡。高さ約10メートル、幅約20メートルの台形が連なる堂々とした景色は、別子銅山の総産出量65万トンの5分の1を占めた東平の繁栄を物語る。最盛期には社宅や学校、郵便局、映画館など必要な施設がすべて整い、ここで暮らす銅山関係者は、約4千人にのぼったという。

 坑道の総延長は700キロ、最深部は海抜からマイナス1千メートルにも及んだ。「深い所は気温が高く湿度も100%近かった。岩が崩れる危険と常に隣り合わせだった」と語るのはボランティアガイドの石川勉さん(63)。

 休山から37年。今、東平地区は新たな活気に包まれていた。「(キャッチフレーズを)昨年から『東洋のマチュピチュ』としたら観光客が増えたんです」。銅山を管理するマイントピア別子の曽我部真二営業課長(45)の表情は明るい。

 マチュピチュは南米・ペルーの高地にある世界遺産登録遺跡。インカ人が作った、斜面に広がる「空中都市」として近年、日本人にも人気の観光地だ。ちなみに、以前の売り言葉は「四国のインカ」。意味合いはほぼ一緒だった。

 この差だけで、特に大阪方面からの観光客が増加したのだから驚きだ。地味な存在だった「歴史の証言者」は、観光の目玉として新たな一歩を踏み出そうとしている。(写真報道局 大西正純)

                   ◇

 「探訪」の動画は「YouTube」http://www.youtube.com/sankeinews/でご覧になれます。

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posted by タジマ タケル at 16:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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